大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(行ウ)193号 判決

東京都港区南青山一丁目二二番五号

原告

松本正人

右訴訟代理人弁護士

大宮竹彦

塩生三郎

内田成宣

飯嶋治

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被告

麻布税務署長 伊藤英男

右指定代理人

小礒武男

神谷宏行

守屋隆喜

實川嘉晴

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

一  被告が昭和六三年一月二九日付けで原告の昭和六一年分の所得税についてした更正のうち総所得金額三二九万四〇九二円及び還付金の額に相当する税額一五六万一〇〇〇円(納付すべき税額マイナス一五六万一〇〇〇円)を越える部分並びに過少申告加算税賦課決定を取り消す。

二  被告が平成三年三月一日付けで原告の昭和六二年分の所得税についてした更正(ただし、平成四年一〇月一四日付け再更正による減額後のもの)のうち総所得欠損金八五六万一〇四七円(総所得金額マイナス八五六万一〇四七円)及び還付金の額に相当する税額五九四万一二四三円(納付すべき税額マイナス五九四万一二四三円)を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、平成四年一〇月一四日付け変更賦課決定による減額後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

一  本件課税の経緯(この事実については当事者間に争いがない。)

原告の昭和六一年分の所得税についての課税の経緯は別表1の1記載のとおりであり、被告は、昭和六三年一月二九日付けで更正及び過少申告加算賦課決定(以下、右更正を「本件第一更正」と、右決定を「本件第一決定」という。)を行った。

原告の昭和六二年分の所得税についての課税経緯は別表1の2記載のとおりであり、被告は、平成三年三月一日付けで更正及び過少申告加算税賦課決定を行い、さらに、平成四年一〇月付けで減額再更正及び変更賦課決定を行った(以下、右減額再更正後の更正を「本件第二更正」と、右変更決定後の決定を「本件第二決定」という。また、本件第一更正と本件第二更正とを合わせて「本件各更正」、本件第一決定と本件第二決定とを合わせて「本件各決定」という。)

二  本件課税根拠に関する被告の主張

1  昭和六一年分の所得金額等

(以下の金額のうち、雑所得金額及び総所得金額以外については当事者間に争いがない。)

(一) 総所得金額 八〇三五万七八八二円

右金額は、次の(1)から(3)までの金額の合計額である。

(1) 不動産所得金額(損失) △九一九万二二四六円

(2) 給与所得金額 一〇三七万五〇〇〇円

(3) 雑所得金額 七九一七万五一二八円

ア 不動産譲渡による所得 五八〇七万〇〇一五円

右金額は、原告の別表2の1記載の各不動産の譲渡による収入金額合計二億四二五〇万円から必要経費合計一億八四四二万九九八五円を控除して算出した金額である。

イ 有価証券の売買による所得 二一一〇万五一一三円

右金額は、原告の有価証券の売買による収入金額一六億一一九六万五九七五円から必要経費一五億九〇八六万〇八六二円を控除して算出した金額である。

(これに対し、原告は、右金額以外に株式会社投資ジャーナル(以下投資ジャーナル」という。)に寄託してあった株式等が横領されたことによる損失金一八九九万三七七五円(以下「本件損失」いう。)も右必要経費に算入されると主張している。)

(二) 所得控除の合計 一八〇万六〇四〇円

(三) 源泉徴収税額 一九二万七三〇〇円

2  昭和六二年分の所得金額等

(以下の金額のうち、不動産の譲渡による雑所得金額及び総所得金額以外については当事者間に争いがない。)

(一) 総所得金額 二億二二六〇万八九七四円

右金額は、左記の(1)から(5)までの金額の合計額である。

(1) 利子所得金額 一九九万七二三三円

(2) 配当所得金額 七〇万〇二五〇円

(3) 不動産所得金額(損失) △二九一九万六〇四七円

(4) 給与所得金額 二〇六三万五〇〇〇円

(5) 雑所得金額 二億二八四七万二五三八円

ア 不動産の譲渡による所得 二億五三三五万八九五八円

右金額は、原告の別表2の2記載の各不動産の譲渡(以下、前記別表2の1記載の各不動産と合わせて、「本件不動産」という。)による収入金額合計七億九九〇〇万円から必要経費合計五億四五六四万一〇四二円を控除して算出した金額である。

イ 有価証券の売買による所得(損失) △二一一〇万五一一三円

(二) 所得控除の合計 一八三万六七九〇円

(三) 源泉徴収税額 六六三万九四九一円

(四) 分離課税の課税長期譲渡所得金額 二二三万〇〇〇〇円

3  右のとおり、昭和六一年分の総所得金額は本件第一更正の金額の範囲内であり、また、昭和六二年分の総所得金額及び分離課税の課税長期譲渡所得金額は本件第二更正の金額と同額である。

したがっと、本件各更正はいずれも適法であり、また、本件各決定も本件各更正に基づいて法の定める算出方法により過少申告加算税額を算出したものであるからいずれも適法である。

三  争点

1  本件不動産の譲渡による所得(前記二1(一)(3)ア及び二2(一)(5)アの不動産の譲渡による所得)が雑所得に当たるか否か。

被告は、原告の本件不動産の譲渡による所得は、所得税法(以下「法」という。)三三条二項一号に定める「営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得」に該当するから、譲渡所得には当たらず、また、事業によるものでもないから、雑所得になると主張している。

これに対し、原告は、本件不動産の譲渡は営利を目的とするものではなく、原告の営む不動産賃貸業の事業用資産である賃貸物件の買換えであるから、原告の右所得は、右の規定に定める雑所得には該当せず、譲渡所得に当たるとし、さらに、租税特別措置法三七条一項(ただし、右譲渡に対応する改正前のもの)に定める特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例(以下「買換え特例」という。)の適用により非課税になるものであると主張している。

2  本件損失(全二1(一)(3)イ)が有価証券の売買による雑所得の計算上必要経費に算入されるか否か。

原告は、本件損失については、投資ジャーナルが破産宣告を受け、昭和六一年においては、その資産状況、支払能力等からみて、その金額が回収できないことが明らかであるから、回収不能の貸金等の貸倒れの損金算入に関する所得税基本通達五一-一二(以下「本件通達」という。)を準用し、雑所得の計算上必要経費に算入すべきであると主張している。

これに対し、被告は、本件損失は、雑所得に係る必要経費について規定する法三七条に定める経費及び法五一条四項に定める損失のいずれにも該当しないから、原告の主張は失当である等と主張している。

第三争点に対する判断

一  本件不動産譲渡による所得が雑所得となるか否かについて

1  不動産の譲渡による所得は、原則として譲渡所得となるが(法三三条一項)、不動産の譲渡であっても「営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡」の場合には譲渡所得には含まれず(法三三条二項一号及び所得税法施行例(以下「令」という。)八一条二号)、右所得が不動産業等の事業から生ずる所得であれば事業所得(法二七条一項、令六三条)となり、それ以外であれば、雑所得(法三五条一項)に該当することとなる。

そして、「営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡」であるか否かは、〈1〉譲渡人の既往における資産の売買回収、数量及び金額、〈2〉売買のための資金繰り、〈3〉当該譲渡に係る資産の所得及び保有の状況等の事情を総合して判断するのが相当である。

2  原告が本件不動産を譲渡した経緯、譲渡の態様等についてみると、次の事実については当事者間に争いがない。

(一) 本件係争年分における原告の不動産譲渡の状況は、別表2の1及び2に記載のとおりである。

(二) 昭和五七年から平成元年までの間における原告の不動産譲渡等の状況

(所在地、契約年月日、購入価格、売却価格等)は、別表3の1から8までに記載のとおりである。

(三) 昭和六〇年から平成元年までの間における原告の不動産の保有状況(保有期間、賃貸状況等)は、別表4の1から3までに記載のとおりである。

(四) 原告が購入した不動産の購入資金は、日本、安田、大同、住友、明治等の各生命保険相互会社及び第一勧業銀行株式会社からの借入金によっている。

3  そこで、右事業に照らして、本件不動産の譲渡が、法三三条二項一号に定める「営利を目的とし継続的に行われる資産の譲渡」に当たるかに否かについて検討する。

原告のした本件不動産の譲渡についてみると、譲渡件数は合計二八件(昭和六一年度七件、同六二年度二一件)という多数に及び、譲渡金額合計は一〇億四一五〇万円(昭和六一年度二億四二五〇万円、同六二年度九億九九〇〇万円)必要経費(購入費用)を控除した粗利益額三億一一四二万八九七三円(昭和六一年度五八〇七万〇〇一五万円、同六二年度二億五三三五万八九五八円)という多額に達している。また、右譲渡に係る二八件の本件不動産のうち、二七件は都内所在のマンションであり、二五件は専有面積五〇平方メートル以下の小型マンションであって、取得から譲渡までの保有期間が一年未満の物件が二一件を占めている。

さらに、原告がマンションの取得を開始したとする昭和五七年から同六二年までの間の不動産取得を通じてみると、不動産の購入件数は合計八一件、売却件数は合計三四件という多数に及び、判明しているものだけでも、その購入金額合計は五〇億円以上、その譲渡額合計は一三億円以上という極めて大きな金額に達している。また、その対象物件の大部分は、都内の小型マンションであり、昭和六〇年から同六二年にかけての譲渡物件の保有期間をみると、平均二九四日という短期間となっている。

右のとおり、原告は、遅くとも昭和六〇年ころから、各種金融機関からの購入資金を用いて、計画的に流動性の高い不動産物件である利便な小型マンションを取得し、短期間のうちにこれを転売して、転売利益を得るという不動産取引を大量にかつ反復して行い、多額の転売利益を得ており、本件不動産の譲渡もこれらの取引の一環としてなされたものということができる。

これらの事情を総合すると、本件不動産の譲渡が法三三条二項一号に定める「営利を目的とし継続的に行われる資産の譲渡」に当たるものであることは明らかであるというべきである。

4  原告は本件不動産の譲渡による所得は譲渡所得であると主張する。その主張するところは多岐にわたり、また、その趣旨が必ずしも明確ではない点もあるが、原告の主張は、要するに、「原告は、将来的にはマンションを一棟単位で所有してこれを賃貸に供することを目指し、当初はマンションを一室単位で所有しておき、賃貸業が軌道に乗った段階で一棟単位のマンションに買い換えようとしていた。本件不動産の譲渡は、原告が右のような構想のもとに不動産賃貸業を展開していく上で、より有利な賃貸物件を得ようとしたために生じた偶発的な結果にすぎない。現に借入金の利息等の本件不動産に投資した資金を考えると利益が生じていない。このような事情からすると、本件不動産の譲渡には営利の目的は認められない。」というものである。

しかし、原告が不動産賃貸業に供する目的で本件不動産を所有していたとしても、不動産賃貸業と営利目的による不動産の譲渡とは、利益の追求という面においては、両立可能なものであって、何ら背反するものではない。むしろ、不動産取引に関与する者として、不動産の賃貸業を有利に展開するため、より有利な賃貸物件を得るという利益と不動産の譲渡による利益との双方を、計画的あるいは意図的に追求することも少なくないものと考えられるところである。

そして、前記の本件不動産保有状況、譲渡の経過等に照らすと、原告は、不動産の賃貸から生ずる利益とその譲渡から生ずる利益とを比較して、不動産の賃貸と不動産の譲渡との総合収支上の利益を求めて、本件不動産の譲渡を行っていたものと推認できるものである。そうすると、仮に、原告が種々主張しているように、借入金利息等の経費を含めると本件不動産の譲渡に伴う利益がほとんどなく、また、原告が不動産の譲渡からの利益のみを考えるのであればもっと有利な直に不動産の譲渡をしていた等の事情があったとしても、営利の目的があったとの右認定を何ら左右するものではないというべきである。

5  さらに、原告が本件不動産の譲渡のために事務所を設ける等の特別の施設を設置せず、広告等の宣伝活動もしていないこと、その取引相手又は仲介の相手のほとんどが大京観光であること、原告自身は株式会社スタジオユーの代表取締役としてスタジオの賃貸業を営んできたこと(以上の事実については当事者間に争いがない。)等の事情に照らすと、本件不動産の譲渡は、いまだ事業に当たるとまでは認められないから、本件不動産の譲渡による所得は雑所得に該当するものというべきである。

6  なお、原告は、原告が本件係争年分の所得税の申告に際して、原告が事前に被告担当官等の助言と指導とを仰ぎ、本件不動産の譲渡による所得が譲渡所得に該当し買換え特例の適用があるというその見解に従って、右申告をしたのにもかかわらず、その後これと見解を異にする被告担当官が右所得が譲渡所得に当たらないとして本件各更正をしたのは信義則に反するから、本件各更正は違法である等と主張する。

租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の適用については慎重でなければならず、これが肯定されるのは、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしても納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に限られると解すべきである。しかし、本件については、仮に原告の主張する事実が認められるとしても、これをもって被告担当官が後に更正をすることが許されないような右所得に対する課税に関する公的見解を表示したとはいえないから、右にいう特別の事情が存するとは認められないし、その他これを認めるに足りる主張立証もない。

二  本件損失は有価証券の売買による雑所得の計算上必要経費に算入されるか否かについて

1  原告は、本件損失は、「回収不能の貸金等の貸倒れ」に関する本件通達が準用されるから、雑所得の計算上必要経費として算入されるべきであると主張する。

ところで、雑所得に係る必要経費は、法三七条に定める経費又は法五一条四項に定める損失の金額に限定されており、本件通達は法五一条二項の不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に係る貸倒れ損失の必要経費算入について定めたものであることからすると、原告の主張の趣旨が必ずしも明確ではない点があるが、いずれにせよ、本件損失が法三七条に定める経費又は法五一条四項に定める損失に該当することが前提となるというべきである。

2  しかし、原告は本件損失は株券等の横領により発生したと主張しているところ、横領による損失が法三七条に定める「総収入金額に係る売上原価その他当該収入を得るために直接に要した費用」又は「その年における販売費、一般経費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」のいずれにも該当しないことは明らかであるというべきである。

3  また、法五一条四項は、雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産の損失の金額は、その損失の生じた日の属する年分の必要経費に算入する旨規定しているところ、原告主張のような横領による損失が発生した場合には、同時に不法行為者に対する損害賠償請求権が発生するから、右損失は、右損害賠償請求権が回収不能になったときに初めてその年分の損失として確定するものと考えられる。

そこで、本件についてみると、昭和六〇年一二月二四日に投資ジャーナルに対する破産宣告がなされ、原告は同六一年三月二〇日に破産債権を届け出ており、同年末においても右破産手続が継続中であった(以上の事実については当事者間に争いがない。)。そうすると、原告の有する損害賠償請求権は投資ジャーナルの破産財団に対する配当請求権に転化し、かつ、昭和六一年末の時点ではその配当額が未確定の状態にあったものであるから、右請求権が回収不能になったということはできず、昭和六一年中においては、原告には法五一条四項に定める損失が生じているとは認められないものというべきである。

4  なお、仮に、法五一条四項の損失について、本件通達の準用があるとしても、右通達は、債務者に対して有する貸金等の「全部が明らかに回収できない」と認められる場合に限り適用されるものである。しかし、前記のとおり、本件損失については、昭和六一年中においては前記破産手続が継続中であったから、損害賠償請求権の全部が明らかに回収できないと認められる場合に該当しないことが明らかであるというべきである。

5  したがって、本件損失を雑所得の計算上必要経費として算入することはできないものといわざるを得ない。

三  結論

よって、本件各年分の雑所得金額は被告の主張額と同額となり、総所得金額も本件各更正の範囲内となるから、本件各更正及び本件各決定はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 小池裕 裁判官近田正晴は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 秋山壽延)

別表1の1

本件課税処分等の経緯

(昭和六一年分)

〈省略〉

別表1の2

本件課税処分等の経緯

(昭和六二年分)

〈省略〉

〈省略〉

別表2の2

〈省略〉

別表3の1

松本正人 不動産売買事績(昭和57年分)

〈省略〉

別表3の2

松本正人 不動産売買事績(昭和58年分)

〈省略〉

別表3の3

松本正人 不動産売買事績(昭和59年分)

〈省略〉

〈省略〉

別表3の4

松本正人 不動産売買事績(昭和60年分)

〈省略〉

〈省略〉

別表3の5

松本正人 不動産売買事績(昭和61年分)

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別表3の6

松本正人 不動産売買事績(昭和62年分)

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別表3の7

松本正人 不動産売買事績(昭和63年分)

〈省略〉

別表3の8

松本正人 不動産売買事績(平成元年分)

〈省略〉

別表4の1

松本正人所有不動産の所有期間等調査表(売却年月日順)

〈省略〉

別表4の2

松本正人所有不動産の所有期間等調査表(売却年月日順) 昭和62年分 No.1

〈省略〉

松本正人所有不動産の所有期間等調査表(売却年月日順) 昭和62年分 No.2

〈省略〉

別表4の3

松本正人所有不動産の所有期間等調査表(売却年月日順) 昭和63年分

〈省略〉

松本正人所有不動産の所有期間等調査表(売却年月日順) 平成元年分

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例